同窓会に行きたくない60代へ|その引け目、無理に行く必要はありません
同窓会での引け目は、『自分の柱』を持つだけで驚くほど軽くなります
肩書きに代わる、自分の力で稼ぐという確かな自信の作り方をご紹介します。
▶ 肩書きに代わる「自分の柱」を手に入れる方法とは?

同窓会の案内が来るたび、気が重くなるあなたへ

一枚のハガキが、届きます。
「同窓会のお知らせ」。

昔なら、懐かしさで胸が弾んだかもしれません。
ですが今は、案内を見た瞬間、胸のあたりがどんよりと重くなる

そんな自分に、少し戸惑ってはいないでしょうか。

「行けば楽しいのは分かっている。でも、なぜか気が進まない」
「欠席の返事を書きながら、どこかホッとしている」
「あんなに仲が良かったのに、今は会うのが億劫だ」

よだよだ

私は高齢者介護の現場で20年以上、数百人のシニア男性と接してきました。その中で「同窓会に、どうしても足が向かない」という声を、驚くほど多く聞いてきました。これは、あなただけの感覚ではありません。

まず、はっきりお伝えしておきます。
同窓会に行きたくないのは、あなたが偏屈になったからでも、心が狭くなったからでもありません
60代という年代だからこそ生まれる、はっきりとした理由があるのです。

そしてもう一つ。
無理に行く必要は、まったくありません

この記事では、まず「なぜ60代になると同窓会が憂鬱になるのか」をていねいに解き明かします。
そのうえで、角を立てない断り方から、その重たい気持ちそのものから自由になる考え方まで、順にお伝えしていきます。

なぜ60代になると、同窓会に行きたくなくなるのか

若い頃は、あんなに気軽に参加できた同窓会。
それが、なぜ今はこれほど気が重いのか。

理由は、年齢とともに同窓会という場の「意味」が変わってしまったからです。

20代の同窓会と、60代の同窓会は、まったく別物です

20代や30代の頃、同窓会は純粋に懐かしさを楽しむ場でした。
みんなまだ発展途上で、これからどうなるかも分からない。
だからこそ、対等に、気楽に笑い合えたのです。

ですが、60代の同窓会は違います。
そこは、それぞれの「人生の答え合わせ」をする場になってしまうのです。

誰がどんな会社で出世したか。
誰がいくらの退職金をもらったか。
誰の子どもがどんな仕事に就いて、孫が何人いるか。
誰が持ち家で、誰が今も元気で若々しいか。

口には出さなくても、参加者はお互いを、そうした物差しで静かに測り合っています。
若い頃には存在しなかった、この「比較の空気」こそが、60代の同窓会を重くしている正体です。

「肩書き」という鎧を、あなたはもう持っていない

そして、ここが最も大きな理由です。

現役時代、あなたには「肩書き」がありました。
どこそこの会社の、何々部長。
その名刺一枚で、初対面の相手にも一目置かれ、自分が何者であるかを説明できました。

肩書きは、いわば社会の中で自分を守ってくれる鎧だったのです。

ところが定年を迎えた今、その鎧はもうありません。
同窓会という比較の場に、丸腰で立たされるような感覚。
かつて自分を守ってくれたものがない状態で、まだ肩書きを持っていそうな元同級生と向き合う——。
これが、たまらなく心細いのです

よだよだ

まじめに、会社ひとすじで頑張ってこられた方ほど、この心細さを強く感じられます。肩書きに誇りを持って生きてこられた証拠なのですが、その誇りが、今は少しあなたを苦しめているのかもしれません。

同窓会で60代男性が感じる、3つの「つらさ」

もう少し具体的に、同窓会で何がつらいのかを分解してみましょう。
自分の気持ちの正体が見えると、それだけで少し楽になるものです。

つらさ1:現役で活躍している同級生と、比べられる

同級生の中には、定年後も会社に請われて役員を続けていたり、自分の事業を大きくしていたりする人が、必ずいます。

そういう人が場の中心で、日焼けした顔で楽しそうに話しているのを見ると、どうしても自分と比べてしまう。
「あいつは、まだ第一線か」
「それに比べて自分は、毎日テレビを見ているだけだ……」

誰かと比べて落ち込むために、わざわざ出かけていく
そんな場所に、気が進まないのは当然のことです。

つらさ2:「今、何してるの?」という質問が、答えにくい

同窓会で必ず飛んでくる、この質問。
現役時代なら、会社名と役職を答えれば済みました。

ですが今は、どう答えればいいのか、言葉に詰まってしまう。
「もう退職して、まあ、のんびりだよ」
そう答えたときの、相手の「ふうん」という一瞬の反応。
その、わずかに気の毒がるような表情が、妙に心に刺さる。

たった一言のはずの自己紹介が、これほど重く感じられる
これも、60代ならではのつらさです。

つらさ3:昔の自分と、今の自分のギャップを突きつけられる

同窓会は、良くも悪くも「あの頃」に引き戻される場です。

若く、希望に満ちていた自分。
これから何者にでもなれると思っていた自分。
その記憶が鮮やかによみがえるほど、今の自分との落差が際立ってしまう。

懐かしさが、そのまま切なさに変わっていく。
この感覚がつらくて、足が向かなくなる方も少なくありません。

実際にあった話:同じ同窓会に出た、2人の男性

ここで、私が聞かせてもらった、対照的な2人の話を紹介させてください。
同じ高校の、同じ同窓会に出席した、2人の男性の話です。

Aさん:比べてばかりで、疲れて帰ってきた

一人目のAさんは、元は大手企業の課長でした。
久しぶりの同窓会に、少し気合を入れて出かけたそうです。

ところが、会場に着いた瞬間から、心がざわつき始めました。
まだ会社役員を続けている同級生。
海外旅行の話で盛り上がるグループ。
「お前、今何してるんだ?」と聞かれるたびに、うまく答えられない自分。

Aさんは、終始「自分は今、何者なのだろう」と考え続け、料理の味もほとんど覚えていなかったそうです。
帰り道、「行かなければよかった」と、どっと疲れが出たと話してくれました。

Bさん:同じ会場で、心から楽しんでいた

一方、同じ会場にいたBさんは、まったく違いました。

Bさんも、肩書きで言えばAさんと似たようなものです。
定年後、特別に出世しているわけでも、大金を持っているわけでもありません。

ですが、Bさんには、定年後に見つけた自分なりの活動と、そこから得る手応えがありました。
だから「今何してる?」と聞かれても、「こんなことを始めてね」と、自分の言葉で楽しそうに語れたのです。

現役の同級生を見ても、まったく気になりませんでした。
「あいつはあいつ、自分は自分」と、心から思えていたからです。
Bさんは旧友との再会を存分に楽しみ、晴れやかな顔で帰っていきました。

2人を分けたのは、肩書きではなかった

AさんとBさん。
2人の間に、社会的な地位や資産の差は、ほとんどありませんでした。

では、何が2人を分けたのか。
それは、「今の自分に、胸を張れているかどうか」——ただ、その一点だけでした。

よだよだ

この2人の話は、とても示唆に富んでいます。同窓会がつらいかどうかは、実は同窓会そのものではなく、そこに出かけていく「今の自分」の状態で決まるのです。ここは、後ほどもう一度触れます。

結論:無理に行かなくて、いいのです

さて、ここで一度、はっきりとお伝えします。

気が進まないのなら、同窓会には行かなくて構いません

「参加すべき」という思い込みを、まず手放す

私たちは、どこかで「誘われたら参加するのが礼儀だ」「付き合いを欠かすと非常識だ」と思い込んでいます。
現役時代、付き合いや義理を大切にして生きてきた方ほど、この思い込みは強いものです。

ですが、考えてみてください。
会社を離れた今、その義理は、本当にまだ果たさなければならないものでしょうか

同窓会は、仕事ではありません。
出席点がつくわけでも、欠席したら評価が下がるわけでもない。
行くか行かないかを決める権利は、100パーセントあなたにあります

気が重い場所に、貴重な時間とエネルギーを使って、わざわざ落ち込みに行く必要はないのです。

人間関係を「整理する」のは、悪いことではない

60代は、人間関係を見直す、ちょうどよい時期でもあります。

年賀状じまいという言葉があるように、年齢を重ねたら、付き合いを少しずつ整理していくのは、ごく自然なことです。
無理して広い交友関係を保つより、本当に会いたい人とだけ、深く付き合う
そのほうが、心はずっと穏やかになります。

同窓会に行かないことは、逃げでも、負けでもありません。
自分にとって心地よい人間関係を、自分で選び取るという、立派な選択です。

角を立てずに欠席する、たった一言のコツ

「行きたくない。でも、断り方に困る」
そう感じている方も多いはずです。
下手な断り方をすると、かえって気まずさが残りますからね。

コツは、理由を細かく説明しないことです。
言い訳を並べるほど、嘘っぽくなり、相手も気を使います。
おすすめは、感謝と、ひとことの近況だけを、さらりと添える形です。

「お誘いありがとう。今回は都合がつかず失礼するね。みんなによろしく伝えてください。また元気にしてるよ。次の機会を楽しみにしています。」

これで十分です。
「都合がつかない」以上の説明は、一切いりません
明るく、短く、感謝を添えて。
これなら角も立たず、あなたの心の負担も最小限で済みます。

よだよだ

「行きたくないなら、行かなくていいんですよ」とお伝えすると、多くの方がホッとした表情をされます。誰かに一度、そう言ってほしかったのだと思います。だから私は、あなたにもお伝えします。行かなくて、いいんです。

なお、こうした「人付き合いが苦手」「新しい場に入っていくのが億劫」という感覚は、多くのシニア男性に共通するものです。
その背景と、無理なく心地よい居場所を作る方法については、こちらの記事でも詳しく触れています。

ただし、一つだけ気づいてほしいことがあります

ここまで「行かなくていい」とお伝えしてきました。
その気持ちに、嘘はありません。

ですが、この記事を閉じる前に、一つだけ、大切なことに気づいていただきたいのです。
先ほどのAさんとBさんの話を、思い出してください。

その引け目は、「他人の物差し」で自分を測っているから生まれる

同窓会が憂鬱な理由を、もう一度並べてみます。
出世した同級生と比べてしまう。
「今、何してる?」に答えられない。
昔の自分とのギャップがつらい。

これらはすべて、「他人の物差し」で自分の価値を測っているときに生まれる感情です。

会社での役職、退職金の額、今も現役かどうか。
それらは全部、世間が勝手に決めた物差しにすぎません。
その物差しを自分の中に取り込んでいるからこそ、比べて苦しくなるのです。

同じ会場にいたBさんが平気だったのは、他人の物差しではなく、自分の物差しで生きていたからに他なりません。

他人の物差しで生きる人(Aさん) 自分の物差しで生きる人(Bさん)
同級生の出世 比べて落ち込む 「自分は自分」と流せる
「今何してる?」 言葉に詰まる 自分の言葉で語れる
同窓会の後 疲れて後悔する また会いたいと思える

本当の問題は、同窓会ではなかった

ここに気づくと、見え方が変わってきます。

同窓会に行きたくない本当の理由は、実は「今の自分に、胸を張れていない」ことなのかもしれません。

もし今、あなたが「自分は自分の人生を、しっかり生きている」と心から思えていたら、どうでしょう。
現役の同級生を見ても、Bさんのように「あいつはあいつ、自分は自分だ」と、穏やかに構えていられるはずです。
「今、何してる?」と聞かれても、堂々と答えられるはずです。

つまり、同窓会という場そのものが問題なのではありません。
今の自分に対する、自分自身の評価が、すべてを重くしているのです。

よだよだ

穏やかな顔で同窓会の話をされる方には、共通点がありました。肩書きが立派だった方ではなく、定年後に「自分の役割」を見つけて、生き生きと過ごしている方々です。胸を張れるものが一つあるだけで、人はこんなにも変わるのです。

引け目を消す、いちばん確かな方法

では、その「今の自分に胸を張れない」という感覚を、どうすれば手放せるのか。

いろいろな方法がありますが、私が見てきた中で最も確実だったのは、定年後の今、自分の足で立てる「何か」を一つ持つことでした。
まさに、Bさんが持っていたものです。

肩書きの代わりになる、自分だけの「柱」を持つ

会社の肩書きは、なくなりました。
ですが、肩書きに代わる「自分の柱」は、今からでも作ることができます。

打ち込める活動でもいい。
誰かに感謝される役割でもいい。
そして、もしそれが自分の力で得る「収入」を生むものだったら、これほど強い柱はありません。

会社に頼らず、年金だけにも頼らず、自分の力で稼げている。
その事実は、どんな立派な肩書きよりも、静かで確かな自信をあなたに与えてくれます。

「自分の力で稼ぐ余裕」が、引け目を溶かしていく

想像してみてください。

自分の力で、毎月きちんと収入を生み出せている。
その状態で同窓会の案内が来たら、どう感じるでしょうか。

きっと、あの重たい気持ちは、ずいぶん軽くなっているはずです。
現役の同級生を見ても、心がざわつかない。
「今、何してる?」と聞かれても、自分の言葉で、堂々と語れる。

経済的な余裕は、そのまま心の余裕になり、他人と比べない強さになるのです。
自分の力で稼げるようになれば、家庭でも社会でも、大人としての発言権と余裕を取り戻せます。

その、若者には真似できない「大人の誠実さ」を武器に、感謝されながら正当な報酬を受け取る働き方の全貌を、以下のページで公開しています。
同窓会の引け目に悩むより、その時間を、自分の柱づくりに使ってみませんか。

▶ シニア世代が続々とやりがいを見つけている新しい働き方の全貌とは?
シニア世代の新しい働き方を紹介する無料講座の案内

まとめ:行かない自由も、胸を張る自由も、あなたのもの

最後に、この記事の要点を振り返ります。

60代で同窓会に行きたくなくなるのは、同窓会が「人生の答え合わせ」の場になり、肩書きという鎧を失った状態で比較にさらされるからです。
これは、あなたが偏屈になったからではありません。
まじめに生きてきた人ほど感じる、自然な気持ちです。

だから、気が進まないなら、無理に行く必要はありません
断るときは、感謝とひとことの近況だけを、明るく短く添えれば十分です。
人間関係を整理し、本当に会いたい人とだけ付き合う。
それは、逃げではなく、立派な選択です。

ただし、AさんとBさんの違いが教えてくれたように、その引け目の正体は「他人の物差しで自分を測っていること」です。
肩書きに代わる「自分の柱」を持ち、自分の力で立てるようになったとき、比較の苦しさは自然と消えていきます。

行かない自由も、胸を張って行ける自由も、どちらもあなたのものです。
どちらを選ぶにせよ、その土台になるのは、今の自分に納得できているかどうかだけなのです。



<あわせて読みたい>
・一人で没頭できる活動や、経験を活かせる活動を探している方はこちら
 → 定年後に趣味がない男性へ|生きがいと居場所が見つかる7つの活動

・妻との関係にも距離を感じている方はこちら
 → 熟年離婚の兆候7つ|定年後、妻が黙って離れていくサイン

・再就職の厳しさに、行き詰まりを感じている方はこちら
 → 定年後の再就職はなぜ難しい?60代の厳しい現実と、もう一つの選択肢

・孫との付き合いに疲れを感じている方はこちら
 → 孫疲れ・孫破産に限界を感じたら|罪悪感なく距離をとる5つの対策